■社会|三菱自動車の燃費不正 企業体質が元から腐っていたか

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三菱

三菱の天皇?、傲岸不遜にうそぶく

かつての不祥事もどこ吹く風か、さらに不正を重ねる

 三菱自動車が、またしても不祥事に揺れている。2000年代初頭に、大型トラックのタイヤが脱輪する不具合を隠蔽していたことが発覚し、世間の非難を浴びたのはまだ記憶に残されている。しかし、その後も三菱自動車は、不正を温存していたことが、また露呈してしまった。

 まったく懲りない企業体質としか言いようがない。この企業体質は、三菱全体にも及んでいるのか。それは知る由もないが、かつて三菱グループに君臨し天皇と呼ばれた元経営トップは、以下のような発言をしている。

「燃費なんて誰も気にしていない」“三菱グループの天皇”が放言 

三菱自動車の「燃費データ不正操作問題」について、“三菱グループの天皇”と呼ばれた三菱重工相談役・相川賢太郎氏(88)が「週刊新潮」の取材に答えた。

三菱自動車が突如として記者会見を行ったのは4月20日のこと。
「燃費の数字を良く見せ意図的に操作したのは確かだ。経営責任を感じている」と謝罪した相川哲郎社長は、賢太郎氏の長男である。

賢太郎氏は三菱重工の社長を1989年から3期6年、会長を2期4年務め、今も三菱グループ全体に影響力を持つ。そんな賢太郎氏が取材で語った内容は、もはや“放言”に近いものだった。

まず不正そのものについては、「あれはコマーシャルだから。効くのか効かないのか分からないけれど、 多少効けばいいというような気持ちが薬屋にあるのと同じ(略)軽い気持ちで出したんじゃないか、と僕は想像していますけどね」

さらには、
「買う方もね、あんなもの(公表燃費)を頼りに買ってるんじゃないわけ」
「実際に乗っとる人はそんなに騒いでないと思うんだけどね」

というように、たいしたことじゃないといわんばかりである。

 いやはやと言うしかない。これが、三菱グループの総意(そんな訳はないと思うが)であれば大変なことである。いまどき、こんな考えは世界に通用する訳がない。とにかく、前時代的な発想というしかない。

 もし、そのような考えで製品を作っていれば、現在では詐欺にも等しい行為としか言いようがない。三菱自動車は、それを公然とやっていたというのか。

 現在の企業では、プロダクトアウト(製品→顧客)から、マーケットイン(顧客ニーズ→製品)の時代になってずいぶんと久しいはずだ。上記した元経営トップの考え方は、一体いつの時代のことか、と思わずにはいられない。

 顧客をないがしろにして、それが通る時代ではない。三菱は、長いあいだ政商的な立場であったが故に、そのようは発想になるのではないか。

 三菱は、明治時代に三井、住友などと共に財閥を形成していた。政権のそばにいる政商という立場を遺憾なく発揮し、その礎を築いた。政権中枢を収賄でがんじがらめにし、自らの事業を拡大したと言っても過言ではない。

 そんな政商である三菱は、国家的事業を多く行っていた。それは主に重厚長大型の事業であり、顧客は国家または専有事業であった。何か問題が起これば、保証ではなく、一部の官僚を収賄すれば、それで済んでいたはずだ。

 したがって、マーケットインという顧客起点の発想などとは、真逆にあったのは言うまでもない。だから、「安く仕入れて、高く売る」ことだけに専念することができたと言っていいだろう。要するに、それが大儲けする手段であった。

 三菱グループは、その立場を利用した企業活動のやり方が染み付いてしまっているか、と思わずにはいられない。

 それは端的にいえば、顧客よりも、三菱の方が上であるという考え方である。そんな考え方の下では、顧客は、三菱が提供する製品を甘んじて受け容れるしかない。しかし、そんな考えはもはや通じる時代ではない。

 時代は変わり、絶えずイノベーションできる企業でないと生き残れない。そこでは、顧客が主導権を握っている。企業が製品をいくら押し付けても、いまさらであるが、購入する権利は顧客にあるのは言うまでもない。

 そんな当たり前のことが、三菱自動車には欠落していたと思わずにはいられない。それは、前述したとおり明治時代の政商としての名残りが、まだ驕りとして残っているから、と思われるがいかに。

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